毎朝、数百万のイタリア家庭のガスコンロの上で「ボコボコ」と音を立ててコーヒーを沸かし上げる、小さな8角形のポット。このマキネッタひとつで一世紀を生き抜いてきたブランドが、まさにビアレッティ(Bialetti)です。アルミニウムで作られた単純な道具が、どうやってMoMAに展示され3億台以上売れたデザインアイコンになったのか、その物語をたどってみます。

ひとつのアルミ工房から始まった
物語は1919年、イタリア北部ピエモンテ州オメーニャ(ヴェルバニア)近郊のクルジナッロから始まります。フランスのアルミニウム産業で10年あまり金属加工の技術を学んだアルフォンソ・ビアレッティ(Alfonso Bialetti, 1888–1970)が、アルミの半製品を作る小さな工房を構えたのです。この工房はすぐに成長して「Alfonso Bialetti & C.」となり、完成品を自ら設計・生産する鋳造工房へと発展して、ビアレッティブランドの出発点になります。

本当の転換点は1933年に訪れます。アルフォンソが、家庭でもバール(bar)のように濃いコーヒーを淹れられるストーブトップ・コーヒーメーカー、モカ エキスプレス(Moka Express)を世に送り出したのです。「モカ」という名は、世界的なコーヒー産地であるイエメンの港町「モカ(Mokha)」から取りました。当時は大恐慌期で人々がカフェに行くことが減った時期であり、家で安価に「エスプレッソのような」コーヒーを楽しませてくれたこの道具は、時代の必要と正確に噛み合いました。
洗濯桶から得た着想、そして8角形の秘密
マキネッタのアイデアは、意外な場所から来たと伝えられます。それはアルフォンソの妻が使っていた昔の洗濯を煮る桶でした。石けん水を入れた桶を火にかけると、中央の管に沿って沸いた水が上がり、洗濯物の上に撒かれる構造でしたが、アルフォンソはここから「沸いた水を圧力で押し上げる」という原理をコーヒー抽出に移してきました。
最も目を引く特徴である8角形のボディには、いくつもの意味が込められています。アールデコ風の角張った面は、裕福な家庭で使われた銀製のコーヒーセットの優雅さを思い起こさせ、平らな面はつかみやすく、熱を均等に広げます。一方で、片手を腰に当てた女性のシルエット — 頭、広い肩、くびれた腰、プリーツスカート — に由来するというロマンチックな話も併せて伝えられます。素材にアルミニウムを選んだのも、軽くて熱伝導が良いという実用性と、アルミを「国家の金属」として推した1930年代イタリアの空気が噛み合った選択でした。
マキネッタはどうやってコーヒーを淹れるのか?
下部ボイラーに水を満たし、漏斗フィルターに細かく挽いたコーヒーを入れたあと、上部をしっかりねじり込みます。火にかけると下部の水が沸いて蒸気圧が生まれ、この圧力が水をコーヒー層の間に押し上げて、上部チャンバーに濃いコーヒーが溜まります。蒸気が漏れないようゴムパッキンが塞ぎ、圧力が高くなりすぎると安全弁が開いて危険を防ぎます。淹れ終わると独特の「ゴボゴボ」という音がしますが、これがまさに火を止めるべきという合図です。
口ひげおじさんとマーケティングの天才レナート
発明はアルフォンソがしましたが、モカ エキスプレスを「国民ブランド」に育てた人は、その息子レナート・ビアレッティ(Renato Bialetti, 1923–2016)でした。戦争捕虜の生活を終えて帰ってきたレナートは、父が戦争の間に倉庫にしまっておいた機械を再び取り出し、大々的な広告と全国販売で事業を大きくします。戦前は年1万台ほどだった製品は、彼の手を経てイタリア全土へ、さらに世界へと広がっていきました。

この口ひげおじさんはレナート本人をカリカチュアしたもので、片手を上げて「もう一杯!」と叫ぶ姿が、今もすべての製品とロゴに刻まれています。テレビ広告コーナーカロセッロ(Carosello)に絶えず登場するなかでブランド認知度は爆発的に上がり、当時掲げたスローガンは短いながら強烈でした — "in casa un espresso come al bar"。家でもバールのようにエスプレッソを、という約束でした。
「コーヒー一杯くらい — でも、それが思うほど簡単じゃないんですよ。」
キッチン道具を超えて「文化アイコン」へ
モカ エキスプレスは単なるベストセラーを超えて、デザイン史の一ページになりました。1933年の原型デザインはニューヨーク近代美術館(MoMA)とミラノ・トリエンナーレの永久所蔵リストに載り、設計図はロンドンのデザインミュージアムにも展示されています。累計販売量は3億台を超え、一時は「イタリアの家庭10軒のうち9軒がマキネッタを持っている」と言われるほどでした。
このブランドへの愛情を最も象徴的に示す逸話があります。2016年にレナート・ビアレッティが世を去ったとき、家族は彼の遺言に従って遺骨を巨大なマキネッタの形をした遺骨入れに納めました。生涯をモカとともに過ごした人らしい、ユーモアと愛情のこもった最後の挨拶でした。

ひと目で見るビアレッティ
- 創立1919年、イタリア・ピエモンテ・クルジナッロ(アルフォンソ・ビアレッティ)
- 代表作モカ エキスプレス(1933年登場、ほとんど変わらない8角形デザイン)
- マスコット口ひげおじさん「l'omino coi baffi」(レナートをモデルにした)
- 累計販売3億台以上
- 所蔵先ニューヨークMoMA、ミラノ・トリエンナーレ、ロンドンのデザインミュージアムなど
モカを超えて — 一世紀の進化
ビアレッティの物語はマキネッタで止まりませんでした。経営権の変化、株式上場、そしてカプセルマシンやIH対応まで — 公式年表が示す主要な場面を集めてみました。

ロンディーネ、ビアレッティを迎える
現会長フランチェスコ・ランツォーニがアルフォンソ・ビアレッティ & Co.を買収、のちにロンディーネと合併します。

ミラノ証券取引所上場
7月27日、ビアレッティ・インダストリエがイタリア証券取引所に上場します。

エスプレッソシステム
カプセルコーヒー時代に対応し、「イタリアのコーヒー」カプセルとマシンのラインを披露します。

モカ インダクション
アルミにステンレスのボイラーを組み合わせ、IH・ハイライトでも使えるモカとして再誕生。

ジョイア(Gioia)
奥行き34cm未満の超小型エスプレッソマシン。カプセルはリサイクルアルミで環境にやさしい。

ペルフェット モカ
モカ専用に挽き目を合わせたビアレッティのコーヒー。モカ愛好家のためのライン。
危機、そして新しい主
一世紀を続けてきたブランドにも陰はありました。ネスプレッソに代表されるカプセルコーヒーの登場は伝統的なマキネッタのシェアを侵食し、無理な店舗拡大やキッチン用品事業の多角化、さらにコロナ19まで重なって、ビアレッティは重い負債に苦しみました。2024年、ビアレッティは売上が伸びるなかでも純損失と8千万ユーロ台の純負債を抱えていました。

結局2025年、ビアレッティは新しい主を迎えます。ルクセンブルクに拠点を置く投資ファンドヌオ・キャピタル(NUO Capital) — 香港資本とつながり、アニェッリ家のエクソール(Exor)も関与するファンド — が、オクタゴン・ビッドコ(Octagon BidCo)を通じてビアレッティ株の約78.5%を取得したのです。取引は2025年6月にまとまり、ミラノ証券取引所での上場廃止が進められました。CEOのエジディオ・コッツィは留任し、経営の連続性を引き継ぐことになりました。
イタリアの象徴のようなヘリテージブランドがアジア系資本の懐に抱かれたこの出来事は、ヨーロッパの古い高級・消費財ブランドが新しい資本と出会う、より大きな流れを示す場面でもあります。マキネッタというデザインの古典はそのまま残るとしても、ブランドの次の一世紀は、まったく新しい方法で書かれるかもしれません。
家でマキネッタでおいしく淹れる方法
- 下部ボイラーには安全弁のすぐ下までだけ水を満たします。(できれば事前に温めた水)
- 漏斗フィルターに細かく挽いたコーヒーを平らに入れますが、ぎゅっと押さえません。詰めすぎると過抽出で苦味が出ます。
- 弱~中火でゆっくり加熱します。強火は焦げ味の原因になります。
- コーヒーが上がってきて「ゴボゴボ」と音がし始めたらすぐ火を止めてください。最後まで置くと焦げます。
- アルミモデルは洗剤でゴシゴシ洗わず、水だけですすぐほうが風味の維持に良いです。
小さなアルミのポットひとつが、ほぼ100年もの間、姿を変えずに愛され続けているということ — それがビアレッティの証明した「良いデザイン」の力です。観察から出発した単純なアイデアが、機能と物語と出会ったとき、どこまで行けるのかを見せてくれる一杯のコーヒーというわけです。
さらに深く読んでみる
- ビアレッティ公式「Our History」 — ブランドが直接まとめた年表(本文の多くの画像の出典)
- MoMA所蔵品「Moka Express」 — 美術館が見たマキネッタ
- Wikipedia: Bialetti — 会社・製品の概要
※ 画像出典: Bialetti公式ホームページ(年表)およびWikimedia Commons。
댓글 0
첫 댓글을 남겨보세요.